読者の皆さん、ご無沙汰しております。
お元気でしたか?
季節は巡って今は春。
新入学・進級など環境に大きな変化がある時期です。
ところで、みらい代表は先月3月16日から19日までの4日間、生まれ故郷の沖縄に行ってまいりました。
このコロナ禍の最中で、とお叱りの声も聞こえてきそうです。
今回訪沖したのは決して物見遊山ではなく、
①親類の相続のご相談をお伺いすること
②長年ご無沙汰していた叔母宅へお伺いすること
また、
③当事務所の助手さんとYUKAさんが沖縄に長期滞在しているので顔を出したかったこと
以上の理由からでした。
その時の様子を以下、画像にて報告いたします。
ご興味ある方はしばしお付き合いください。
1,初日 3月16日火曜日 移動日 茅野→中部国際→那覇→北谷
3/16火曜日 19:00 那覇空港着 おなじみの水槽です
夜の那覇空港 3月だというのに暑い
レンタカーを借りて宿へ移動中、波の上宮と波の上ビーチによりました。
アメリカンビレッジにほど近い北谷町の宿(ゲストハウス)に到着 助手さんとYUKAさんと再会する。
ゲストハウスは、若い方が多くてちょっと場違いのような気もしましたが、皆さん温かく迎えてくれました。
2、3月17日水曜日 2日目 この日はお二人と1日、本部半島とやんばるを観光しました。
美ら海水族館
コロナの影響もあってかお客さんは大変少なかったです。団体で就学旅行と思われる女子高生の集団がいた他、いつもと比べて大変少なかったように感じます。
ちょうど昼食時となりましたので、本部の県道沿いの沖縄そば屋に入る。
こんな感じのお店、一見するとただの民家のように見えてわかりにくい。
地元の車が多く停まっていたのできっとおいしいに違いないと思い入店しました。
ソーキ・肉そば ライス付き 普通盛り とっても美味しかったです。
とってもよい雰囲気の店でした。穴場です。本部の「よなみね屋」さんだそうです。また行きたい。
沖縄北部のオクマビーチ とってもきれいです。お二人も美しいですね。
美しい海と空、しばし映像でご鑑賞ください。
沖縄最北端 辺戸岬 私が一度どうしても行きたくてついに実現しました。
なんだか二人の娘を引率しているお父さんのような気分でした・・・汗
進路は一転南下、本島南端糸満市の「ひめゆりの塔」へ
沖縄戦終結の地 摩文仁の丘 「沖縄平和記念公園」 厳粛な空気感に包まれます。
すでに黄昏時で人影もまばらでしたが、長野県の碑石を訪れ3人でご冥福をお祈りしてきました。
2日目、お別れの晩餐です。明日は私はお二人と離れ親戚訪問をいたします。
Cocoさん、Yukaさん、2日間お付き合いくださいまして本当にありがとうございました!
3、3日目 3月25日木曜日 この日は南城市→平安座島 ご親戚訪問
旅立ちの朝、起床後40分ほど散歩する。アメリカ軍人と思われる多くの男女がランニングをしていました。
南城市にお住いの親類宅を訪問する、Iさん、10年ぶりくらいになるだろうか、お久しぶりにお会いできて大変うれしかったです。
Iさんの奥様、k江さん、実はこの方、私の2番目の母で大変お世話になった方です。
私の父は3度結婚しており、1人目が、私の生母、2人目がこのk江さん、3人目が現在の母k美子さんです。
2番目の母と、3番目の母は大変仲が良く今現在もほとんど親戚のようなお付き合いが続いています。
実は、私、この母にもお会いしたかった・・・長くご無沙汰していたのでいつか機会をとらえて沖縄へ行こうと思っていました。
※ 参考画像 左の人物が現在の母k美子さん、真ん中は我が妹のOTAE、右がk江さん
二人ともむっちゃ美人ですね。k江さんは長らく歌手としても活動していました。
海中道路を超えて平安座島へ
k江さんと叔母宅を訪問する。
左、私の父の妹、n子さん 右 k江さん
n子叔母さんとは実に30年ぶりくらいの再会でしょうか・・・
あまりにご無沙汰しておりました・・・
血縁にも拘わらずあまりにご無沙汰しておりました。お会いできて本当にうれしかった!
この島(浜比嘉島)でk江さんと昼食
またもや沖縄そば、と、沖縄のてんぷら まあまあ美味しかったです。
海辺の食堂、とてもいい雰囲気でした。観光客も来ていました。
k江さんからは、私の幼い頃や、生母の現在など、貴重なお話を教えてもらいました。
生母は現在、本島北部に居住しているのではないかとのことでした。
ついでに伊計島まで足を運ぶ 向こうの海は太平洋です。
相続の問題などご相談をお伺いしながらも楽しい夕食となりました。
平日のお忙しい中、本当にありがとうございました。
この日の夜は那覇市へ戻り国際通りのホテルに泊まりました。国際通りほとんど人通りがありません!
このままでは多くの店がつぶれてしまうのではないかと心配されるほどでした・・・
4、3月19日金曜日 那覇→セントレア→茅野
この日の予定は11時の飛行機で帰宅するだけです。
波の上ビーチまで朝の散歩
朝の波の上ビーチとてもきれいでした。
出発前、牧志公設市場へ寄りました。沖縄そば、おいしかった!
那覇空港 車少ないですね。観光客がほとんど来ない影響だと思います。
13:05 セントレア着 高速道を使って茅野へ戻る
以上、今回の沖縄訪問記を画像を中心にご報告いたしました。
幼少期、父が結婚離婚を繰り返しており、なかなか複雑な家庭環境で育ちましたが、生みの母に捨てられた?この私を、血のつながらないのに実の子と変わらない愛情をもって育ててくださった二人の母に本当に感謝しております。
おかげさまで道も踏み外さず、多少の寄り道はありましたが、今では、人様に感謝される仕事をしています。
面と向かって言うのは恥ずかしいので、この場を借りて厚く御礼申し上げます。
どうか、いつまでも健康で長生きしてくださいね、二人の母へ 息子より・・・
今回、沖縄行ってよかった。会えてよかった。近日中、また行きますね。
それはさておき、
母 k美子さんと 幼少期の私、小学校2年生だったかな?赤ちゃんは妹のOTAEちゃん
ところで、皆さんは鹿児島県の知覧町にある「知覧特攻平和会館」へは行かれたことはありますでしょうか?
昨年12月、叔父上と鹿児島訪問をしました(開聞岳と霧島登山) その折に知覧へも立ち寄りました。
所沢市の介護事業所「カイゴー」の会長でもある叔父上とは血のつながりはありませんが実の叔父以上の存在です。いつもお世話になっています。
知覧は訪問すること、すでに3度、何度行っても厳粛な気持ちになります。
館内にはたくさんの特攻隊員の遺書が残されていますが、中でもこの相花少尉の遺書が私の心を打ちます。
1945年5月4日 相花信夫少尉 出撃戦死。亨年18歳
私にはこの気持ちが痛いほど伝わってきます。
世間では、実の子なのに虐待とか育児放棄などの痛ましい事件が報道されていますが、
実子でも大切にできない親がいる反面、血もつながらない子を慈しみ、養育してくださる義理の親もいます。
この不思議なご縁を今後は大切にしていきたいと思っています。
この場をお借りして、今日までお見守りいただきましたご親戚一同様に厚く御礼申し上げます。
本日の名言 「生みの親より育ての親」
以上、おしまい ご清聴ありがとうございました。